POP-OFFICE『PORTRAITS IN SEA』によせて
文=松浦 達(COOKIE SCENE)
POP-OFFICEのファースト・アルバムたるこの『PORTRAITS IN SEA』には”“青さゆえの、成熟”がすでに滾っている。
クリアーに研ぎ澄まされた音風景の中に、真冬にときどき立ちのぼる蜃気楼のように、北欧で見られるオーロラのように、Ryuhei Shimada(Bass,Vocal,Synthesizer)のか細いボーカルが揺れ、Yuki Nakane(Guitar)のギターは鋭利にガラス細工の窓を裂くように響く。Hiroyuki Kato(Drums)の手数が多いわけではないが、テクニカルなドラムも含め、バンド・アンサンブルがこれまで以上にタイトに引き締められながらも、スーパーカー、ダイナソーJr.、the pillows、ART-SCHOOL、MOGWAI、the band
apartなど数えきれないほどのバンドからの血脈を照射することができるが、そもそも、彼らは“POP-OFFICE”という名前を持った時点で、スティグマ(聖痕)としてあらゆるエッセンスに対してノスタルジアではなく、今の感性で対峙しなければいけなかったのだろうとも思う。
デ・ジャヴ(既視感)とはずっと「視て」ゆくと、ジャメ・ビュ(未視感)に変わる。
たとえば、1曲目のカッティングされるギターの鮮やかなイントロから緩やかな展開に入る「Something Black」では、80年代のニューウェーヴのような、エコー・アンド・ザ・バニーメンみたく繊細な世界観が《うるさい涙の中 後戻りできない》というフレーズが象徴する。
うるさい/涙
そういう引き裂かれた磁場で、彼らは幾つもの思考と模索を続ける。3曲目の「Good Morning」でのストレートなギター・ロックに、揺蕩う葛藤は、ニルヴァーナのブレイク前夜、グランジと名付けられる前の胎動があり、また、「Sixteen」で描かれる“ふたり”はあくまで、セカイ系以降のゴシックな翳りが落ちる。
後半、パンキッシュな「Get Back」を経て、10分近くに及ぶ「Whales」のサッドコア的にじわじわと拡がってゆくサウンド、ノイズ、歌詞に漂う無力感、しかし、足し算ではない、シェイプされたアレンジメントはこれまでの彼らでもひとつの到達点のように思える。
《何を掴んだ 何を迷って 時代はこれまでの役目を終えた》
(「WHALES」)
都市的な洗練性の背景に虚無と、尽きぬロマンティシズムと若さゆえのストラグルが包含されており、最終曲の「You Found Me」では、ストロークス「Someday」みたく軽やかなリズムに乗せて、クルーエルな描写が淡々と描かれるのも含め、ブックレットに散見する花、ジャケット写真の女性といい、コンセプチュアルな儚さを予め意図しているように、知覚面からも感じられる何かがある。スマートでスタイリッシュな作品としても捉えられるが、迷いを漂わせ、少しでも前へ歩くための折れそうな意思も美しい。
POP-OFFICEは、今の若者が生きる速度や感情をそのまま音にするのではなく、少しの冷笑と茫漠とした不安を多面的に描く。花は枯れるのを孕むからこそ美しい、というそんな使い古した大きな言葉は対象化して、メメント・モリとして喪失の記憶をかかえて、そのまま駆け抜ける、刹那を本作は収めている。
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